フランス大統領選挙をウォッチするブログ

2017年のフランス大統領選挙をウォッチするブログ

去年の末から予想していた通り、来月の大統領選は、エマニュエル・マクロンとマリーヌ・ルペンの一騎打ちの様相を帯びてきたようだ。(当然のことだが)常にフランスのメディアを後追いしている日本のメディアもそのようなとらえ方をしているようだ。

だが、この予想外続きのこの選挙戦の中で、静かな支持を広げている候補がいる。その名もジャン=リュック・メランション。この65歳の元共産主義者は2012年のフランス大統領選ではマリーヌ・ルペンに大差をつけられて敗退したが、卓越した知性と、類い希な演説家としてのスキルを武器に自分なりの戦いを続け、彼の正義感と人間的な暖かさ、そしてぶれない姿勢はこの前代未聞の出来事続きの泥沼の選挙キャンペーンのなかで、ますます多くの支持を集めてきている。

先日の主要候補者同士のテレビ討論会でも、この円熟した政治家は頭一つ抜けた知性とユーモアの輝きを見せつけていた。

現時点の得票予想率では第4位だが、このまま進めばスキャンダル続きのフランソワ・フィヨンを抜いて、第3位には登ってくるだろう。

さらに、もし立ち位置が近い、社会党の公認候補のブノワ・アモンと手を組むことができれば、決選投票に進むことも不可能ではない。そして、ルペンとともに決選投票に進めれば、大統領も夢ではない。

このフランスのバーニー・サンダースは、父親の代からルペンの天敵なのだ。

現政権の左派・社会党に批判が集まる中、最有力候補とされてきた中道右派の最大野党・共和党のフランソワ・フィヨンに大きなスキャンダルがわき起こった。

61歳。元首相。穏やかな紳士で、真面目な人柄と節度ある保守的な政治姿勢が高く評価され、400万人が投票した共和党の予備選挙では圧勝した。家族、落ち着き、正直さ、誠実さ、実直さ、古き良きフランス、理想のパパ、彼の持っていたイメージを言葉で表すとこのようなところだろうか。
トランプ大統領の当選とイギリスのEU離脱で自国中心主義が盛り上がっているが、それでもー特に知識階級には、極右には拒否反応を示す有権者が多い中で、多くにものが、フランスを立て直すのは政権も野党も経験した、酸いも甘いもかみ分けた彼しかいない、と思われていた。

ところが、カナール・アンシェネ誌によると、氏は数年間にわたり、実際の勤務経験はまったくない、妻のペネロプを議員秘書として雇用し、高い給料を税金から払っていたというのだ。

最初は妻は実際に働いていたと主張していたようだが、2月2日に2007年に行われたイギリスのテレビ局によるペネロプのインタビューが発掘される。その中で彼女は「仕事がないので、大学に登録した。議員秘書として働いたことは一度もない」と明言しているのだ。さらにふたりの子供にも同様の便宜を図っていた疑いまでわき起こり、家宅捜査もされる。

フィヨンは政敵による卑劣な攻撃だと主張しているが、これまでクリーンで誠実なイメージで人気を得てきただけに、このようなスキャンダルは致命的だ。「私は何を言われても、愛する妻に対する攻撃は許さない」という一見男らしい反撃で支持者の情動に訴えかけるが、説得力はあまりなく、かえって底が見えてきた感じだ。
2月の大統領候補の登録期限に向けて、各陣営の運動も加速する中で、トリプルCでもない限り、事実上の脱落と見て良いだろう。

このようなビデオまで作られてしまっては・・・










今回の大統領選の台風の目となるのは、30代の元経済・金融大臣のエマニュエル・マクロンだろう。ルモンド紙に「金融政策のモーツァルト」と呼ばれたフランス政界のアンファン・テリブルは、見栄えの良さと、さわやかな弁舌、フレンドリーな人柄、そしてなによりも溢れる教養と明晰な頭脳で、出会うものすべてを魅了してきた。それはまるで、浦沢直樹のスリラーマンガ「モンスター」の陰の主人公、ヨハンを思わせるほどだ。

フランス北部の小さな街、アミアンの裕福な医者の家に生まれたエマニュエルは、読書が好きな早熟で夢想的な子供だったという。大統領選のキャンペーンの一環として出した自伝の中で、彼は次のように書いている。「私は幼年期を、現実世界から離れて、本の中で過ごした。・・・私は言葉と文章の中で生きてきた。ものごとは、書かれることで深みを帯び、ときに現実よりも現実的になった」。だが彼は片隅でひとり読書に耽るような「本の虫」ではなく、同級生の証言によれば、彼は「生徒よりもいつも教師達と一緒にいることを好み、対等に話す」ような少年だったという。
文学の世界から、現実の世界への転機は高校生のときに訪れる。演劇の授業で出会った24歳年上の国語教師・ブリジットに熱烈な恋をしたのだ。思春期の若者が、年上の魅力的で、なんでも知っているように見える、成熟した異性の指導者に恋心を抱くのはありふれたことかもしれない。抑えきれぬ想いを打ち明けて、体よく断られることも。ブリジットはこの才能あふれる生徒の気持ちを冷ますため、パリの名門校、アンリ4世校に編入するようエマニュエルに薦め、エマニュエルもそれに従う。だが、出発前、16歳の少年はこの3人の子を持つ既婚女性に言い残す「必ず迎えに戻ってきて、あなたと結婚する」と。そして事実、13年後、グランゼコールで輝かしい成績を修めて、財務省の高級官僚となったエマニュエルは「あらゆる障害を乗り越えて」ブリジットを妻に迎える。

その数週間後、30歳になったばかりのエマニュエル・マクロンは、サルコジ大統領下で、ジャック・アタリの主催する構造改革のための諮問委員会「アタリ委員会」のメンバーに選ばれる。若くしてミッテラン大統領の懐刀となり、今では欧州最高の知性と呼ばれる(誰に?)アタリは次のように語っている。「彼は私が同年齢だったときと同じレベルに達している」傲慢なアタリの性格からすればこれは考えられる最大限の褒め言葉だ。
そして、アタリの紹介で、フランス大統領候補、オランドの経済政策の顧問となり、それと平行して、金融の世界でも自分の実力を試そうと、財務監査官の職を辞め、世界最大の投資銀行のひとつ、ロスチャイルド銀行に入行する。
就職面接をしたロスチャイルド銀行の幹部はインタビューで次のように語っている。
「2時間話して、すぐにここで働いて欲しいと言った。彼のようなケースは、後にも先にも見たことがない」
投資銀行家としてのキャリアは、2012年にオランドが当選すると大統領の特別顧問となった
ことで終わりを告げるが、その間にはネスレによる製薬世界最大手のファイザーの110億ドルでの乳児栄養事業の買収を成功させ、2年後には副社長各のアソシエイト・パートナーに名を連ねる成果を挙げている。
そして36歳で経済大臣に選ばれ、経済改革のための大規模規制緩和法案いわゆる「マクロン法案」を強行に成立させるも、それも一因となって左派政権の支持率が低下する中で、沈没船からいち早く逃げ出すネズミのように、自身の政治活動に専念するために大臣職を辞し、自らの政治団体「En marche!(さあ、進もう!)」を立ち上げる・・・

現職のオランド大統領が不出馬表明をしたことで、最大の懸念であった、選挙で自らを引き立ててくれたオランドと対決し、裏切り者扱いされることは避けられた。
トマ・ピケティからは、自身も一部だった現行の政権の政策を批判するのは間違っているという批判もあるが、だからこそ辞任したという反論も可能だろう。
立候補宣言の演説に繰り返し出てくる、左派と右派の対立を乗り越えて、フランスの名の下に国民を結集させるというレトリックはポピュリズムと通じるところもある。(演説中、フランス、フランス国民という言葉が30回以上も出てくる)
それに対して、庶民と隔絶した、いかにもエリート然とした経歴、優等生的な風貌、そしてロスチャイルド銀行出身という経歴は、一般大衆の票集めの点では、マイナスに響くかもしれない。
だがフランスの置かれた閉塞感を打開するためには、左右の元首相はあまりにも旧態依然としており、かといって極右も望まれない、といった有権者が多ければ、チャンスは十分あるだろう。とくに決選投票をルペンと争うことになったりすれば、フランス史上で最も若い大統領が誕生する可能性もある。

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